HAVES! 第四話 「覚醒・1」
「……てことがあったんだよ昨日!」
翌日、純は天利や湯川、清田の前で力説していた。
「うっそ、まじでっ?」
「……もしかして前の学校ではクスリが横行していたとかですか?」
「まあ西原くん、そうなのぉ?」
「違う! まじで見たんだって!」
純の言葉を天利以外誰も信じようともしない。
「大丈夫だ、純! 天利は信じる! この話を信じないで何を信じる! この話よりも純がテストで百点をとったと聞かされる方がよっぽど信じられない!」
「……なんか俺がよっぽど頭悪いみたじゃねえかっ?」
「あとは純があたしの生き別れの兄だったとか?」
「何でだ!」
「あたし、信じられないわよぉ。……ねえ、城正幸くんはぁ、どう思う?」
清田が振り向いて問う。
そこには窓際で一人携帯用テレビゲームに熱中している少年がいた。
薄い茶色の長髪を項のところで無造作にまとめ、黒い長袖のTシャツの上に白い半そでのワイシャツを羽織り、ジーンズをはいていた。
手が止まる。ポーズをかけたのだろう。
「……えー、そんなの僕信じないよ〜。純くん」
「ゲームとかしてるくせに夢がないやつだな。……えと」
「あ、僕は城正幸ケイ。ケイでいいよ〜よろしく〜」
にこりとケイが笑う。
「えー? 城正幸くん! ロマンだよロマン!」
信じないケイに天利が食ってかかる。
「それを言うならアドベンチャーだよ〜」
「……二人とも違うと思いますけど」
湯川が溜息をつきながら言う。
「あたしは見てみたいなー。かっこいいじゃん、夢じゃん、冒険じゃん!」
「よし、天利! 今夜二人で街に行くか!」
「おぉ! ナイスアイディアだ、純!」
「……夜の街に二人して繰り出すなんて……いやん、はしたないわぁ」
「そういえば、また一人消えたみたいですね」
体をくねらす清田を無視するように湯川が言う。
「何の話―?」
「最近この学校では人が消えてるんだよね〜」
画面に再び目を落としたケイが天利に答える。指の動きが素早いことから格闘ゲームでもやっているのだろう。
「これでぇ……八人目くらいだったかしら?」
普通に清田が会話に戻ってきた。
「そんなにいなくなってるんだ」
「……なあ、生徒会は動かねえの?」
なんとなく、純は湯川に視線を送った。その視線を湯川は受け、そして首を振った。
「生徒会は……何も動いてないようですよ。家出とでも思ってるんじゃないですか?」
「やっぱホームシックとかにかかるのかなー?」
「まあ、離れ島ですからね。そういう人もいるでしょう」
「悪い噂だと、あの殺人鬼に殺されたんじゃって話もあるわよね〜」
「……殺人鬼?」
不穏な単語に純は発言者である清田を見る。途端にウインクが一つ返ってきた。
「あらん、西原くん、あたしのこと好き?」
「見ただけでなんでそうなるんだ」
「やだっ、妊娠しちゃう……」
「おい!」
「ふふふ、冗談よぉ」
笑う清田を純は心底殴りたかったがやめた。
「純くんだって知ってるでしょお? 十二年くらい前からあちこちで起こってる連続殺人よぉ」
「あ……」
純は絶句する。その様子を見て天利がはっとなった。
「年々その数は増えていますよね。確か昨日で百二十三件目……でしたか」
「そんなに起きててこの学園では何故か起きないのが不思議よねえ。でも嫌よねえ。刃物でメッタ刺しにされて、原型もとどめてないような死体がここに出るの……」
「やめて!」
突然天利が出した大声に二人の会話がやむ。
「純のお母さん犠牲者なんだからね! その話はおしまい! 純がかわいそう!」
「あ……そうなんですか……それは……ごめんなさい」
「ごめんなさいねえ、西原くん」
「い、いや……大丈夫……」
「純……本当に大丈夫?」
「まだ顔色が優れないみたいよお?」
ずい、と清田が寄ってくる。嫌な予感がして、純は一歩後ろに下がった。
「あたしの愛がこもったキスで治してあげるわぁ」
「いや、遠慮する!」
純の拒絶の言葉とほぼ同時に授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
その日の夜。
純と天利は学園街の入り口で待ち合わせた。
「純、待った?」
「いや」
「んじゃ行こう!」
入り口のアーチを二人はくぐった。景色も空気も何もかも昨日と変わらない。
ただ月が少しだけ欠けていた。
人通りが多い中を二人は進んでいく。
「純は何処で見たの?」
「もう少し行った先の裏路地」
「ああ! あのいかがわしいお店があるって場所か」
「そう」
「純、行ったの?」
「行ってない! そんな風に見えるかっ?」
「見えないよー冗談冗談」
「そうだ、天利」
ん? と天利は振り返った。
「昼間、ありがとな」
その言葉を聞いて天利は微笑んだ。
「純のことを一番良く知ってるのは天利だもん。伊達に十一年も一緒にいない」
「……そうだな、お前とはずっと一緒だったもんな」
「過去形で言わなーい。今までも、これからだって天利は純と一緒なんだから! 昔そう約束したでしょ?」
「そ、それガキの頃の話だろ」
子供だった頃のことを出されて純は心ならずも赤くなる。
「純真っ赤だ、照れてるー」
「誰がっ!」
「あはははは」
天利は笑って純の手を取った。そして純の目を見てから、前を向く。
「さ、行こう! 化け物見つけて皆に自慢するんだ!」
「あ、ああ!」
「――ねえ、本当にいいの〜?」
とあるビルの屋上でケイは振り向いて訊いた。
「いいんだよ、少なくとも彼には能力がある。言い出したのはケイくんじゃないか」
答えたのは光だった。左目に強い光が宿っている。
「僕が言ったのは、今夜二人が街に出るよってことだけだよ〜でもさあ〜こんなことに力を使っていいのかなぁ。由乃もそう思うでしょ?」
横に居る由乃にケイは話を振る。視線を合わさずに由乃は口を開いた。
「……相変わらずその話し方は虫の居所が悪くなりますね。もう少しまともな喋り方出来ないんですか?」
「冷たいよ由乃〜。仲間じゃないか〜」
「私のパートナーはアリスだけですから」
「パートナーと仲間ってそう違わないじゃ〜ん」
「……その喋り方が癇に障ると言っているんです」
「二人ともいい加減にするんだね。何のために君たち二人を僕が選んだのか分かっているだろう?」
火花を散らし始めた二人を光が止める。
「もうそろそろ二人が来るよ。……作戦は分かってるね?」
「了承しています、会長」
「分かってるよぉ」
月明かりの中、二人は頷いた。
「ここかー」
裏路地の入り口に純と天利はたどり着いた。
「他のところとあんまり変わらないね? ……まあいいや、とにかく行こう!」
「ああ」
天利に促され純は路地に足を踏み入れた。
奥に向かって歩き出す。
「どのへんで見たの?」
「もうちょっと奥……だったかな」
少し風が出てきた裏路地を二人は進む。
「寒い〜」
ぶるりと震え、天利は着ていた上着の前を締める。それでもまだ震えていた。
「上着てても下がそれじゃあ寒いに決まってるだろ」
純が指摘したように天利はスカートだった。しかも少し短めの。
「女の子のお洒落心が分からないなー純は」
「はあ?」
「まだ子供だってことか!」
「なんだと?」
笑う天利に純が詰め寄ろうとした……その時。
どん!
突如響いた大きな音に純と天利は辺りを見回す。
どん……ずん、どんどんどん!
「な、なんだっ?」
「純! 後ろっ!」
天利に指摘され、純は振り向いた。
「な……」
そしてそのまま言葉を失ってしまう。
今まで二人が歩いてきた道がなくなっていた。良く良く見れば、アスファルトから何本もの巨大な棘が道を塞いでいる。
とても乗り越えられそうにない。
「これ……なんだ……」
異常な場面に純はただただ面食らう。足が動かない。
「きゃあ!」
不意に響いた天利の悲鳴に純ははっとなり振り向く。
「天利っ? ……ああっ」
――そこでも不可思議な、非日常の世界が広がっていた。
昨日見た木々たちがその枝を天利に向かって伸ばしている。それは彼女に撒きついて天利を高く持ち上げようとしていた。
「や、やだ……純……助けて……」
半分涙目で天利は純を見つめる。彼女の体はすでに普通に跳んでも届かない距離のところに持ち上げられていた。
「天利っ!」
叫んだところで状況は全く良くならない。
けれど、純は叫ばずにはいられなかった。
「天利っ!」
『力が欲しいか?』
「え?」
唐突に響いた声に純はびくりとして振り返った。
しかしそこには誰もいない。
――それだけではない。
周りの景色から色と音が消えていた。
『もう一度訊こう、力が欲しいか?』
「お前、誰なんだよっ? 何処から俺に話しかけてんだっ?」
『今お前が答えるべきことは一つ。力が欲しいか? 力を持って目の前の少女を助けたいか?』
その問いに純は改めて前を見た。
迷うことは、なかった。
もう失いたくなかった。
「……ああ、俺は天利を助けたい!」
そう叫んだ瞬間純の体が浮いた。
天利の元に一直線に飛び、彼女を枝から引き剥がそうとする。しかし枝はかなりしっかり巻きついており、簡単に外せそうにない。
『力を』
導かれるように純は右手を枝に当てた。意識をそこに集中させる。
掌が青白く光った。
ばおん!
破裂音の後、枝は粉々になっていた。
天利の体が落ちる。純は慌てて彼女の下に行き、抱きとめた。天利は気を失っている以外はたいした傷をおっていないようだ。それに純はほっとする。
ふいに、純は視線を落とした。
「……え?」
地面は遠くにあり、足元には何もない。
「これは……なんだっ?」
「目覚めたね」
響いた声に純は驚いて辺りを見回した。すると近くのビルの上に見覚えのある人物が立っている。
「綾月……光」
「目覚めたね、持つ者。イクスを覚醒せし者よ」
「……はあ?」
「とりあえず降りてきたらどうだい?」
促されるままに純はそこに降り立った。すると物陰からもう二つ、影が躍り出る。
「やあ、純くん」
「お怪我はないですか?」
「ケイっ? ……それに黒崎」
二人の顔を交互に純は見る。何が何だか分からない。
「由乃くん、気絶している彼女の手当てを頼むよ」
「はい」
由乃は純に近づき天利を自分の手に抱きかかえる。
「あ……おい」
「心配しないで下さい。私が責任を持って寮まで送っておきますので」
そう言って由乃は消えた。
「純くん、君には話がある」
純は光を見た。明かりがないせいで、表情ははっきりと読み取れない。
「……なんだよ」
「まず謝っておこう。君と彼女を襲ったことをね」
「え……?」
「ごめんね〜純くん〜。僕は反対したんだけど会長がね……純くんには命受が見えたから能力があるはずだって言って」
「何の……話だよ」
「立ち話もなんだから……続きは場所を変えて話そうか?」
遠くから何かの機械音が響いている。純は上を見た。
ヘリコプターが三人に近づいていた。
「私立鳳凰学園高等部生徒会室で、ね?」