HAVES! 第五話「覚醒・2」
三人を乗せたヘリコプターは学校の校庭に近づいた。
「間もなく到着します」
ヘリコプターを操縦していた湯川が告げる。
「湯川、これどういうことなんだよ……説明しろよ」
「房之介くんに訊いても無駄だよ。彼にはヘリの操縦しか頼んでいないから」
うっすらと笑いながら光は言った。そして手元のリモコンを操作する。
「それ、なんだよ」
「純くん、下見てごらんよ〜」
ケイに言われ、純は窓から下を見た。
「なっ?」
校庭が左右に割れていた。現れたのは巨大な穴。
「それでは着陸します」
湯川がゆっくりと着陸態勢に入る。
次から次へと起こる非日常的なことに純の頭はついていかない。
ヘリはその穴に吸い込まれるように高度を下げていく。完全に穴に入った後、開いていた穴が閉じていく。完全に閉じきると同時に明かりがついた。
そうっと、ヘリが動きを止める。扉が開き、純は降りるように言われた。
「ご苦労様、房之介くん。帰っていいよ」
「はい。……それではまた明日」
湯川は純たちと反対側に降り、その先にあった扉の向こうへと姿を消した。
「あの先は?」
「学園の東門前に出るんだ〜そこからが一番寮に近いからね〜」
言いながら、ケイは純の袖を掴み引っ張る。
「行こう〜純くん」
仕方なく純は歩き出した。
目の前の無機質な白い壁に光が手を当てる。すると音もなく、その壁が消えた。
「なっ……?」
「これには驚いたか、流石に」
純に光は笑みを向ける。
「純くんもこれが出来るように登録しなきゃね」
「登録?」
その言葉に光は答えず、奥の空間に足を踏み出した。
そこは広い部屋があった。奥と左の壁にあるのは巨大な画面。
中央には巨大な机がある。その机の真ん中には丸い硝子板がはめ込まれていた。
しかしそこから少し離れた奥の所にはぽつんと小さな机があり、その上にはパソコンが乗っている。
中央の机の周りには椅子があり、また右手の壁には棚や電気ポットが見えた。
「これは……」
「生徒会室だよ〜生徒会へようこそ、純くん〜」
「生徒……会?」
「そう、今この時から純くんも僕たち生徒会の仲間だ」
一番奥の椅子に光は座る。近くにはなんとなく行きがたくて純は一番端っこの席に腰を下ろした。その向かいにケイが座る。
「色々訊きたいことがあるんだろうけど、何から訊きたい?」
「初めから説明してくれよ。……何が分からないのかが分からないんだ」
「分かった。じゃあどうして君を襲ったのかの理由から話そうか」
長くなるよ、と光は前置きする。
「一昨日の夜、君は奇妙な光景を目にしただろう? 怪物と人間が戦っている、そんな場面を。
――普通の人間ならそもそもそんなところを見るはずがない。
それが見えたということは君にもその怪物と戦う能力が宿っている。
そう考えて、君を目覚めさせるためにここにいるケイくんと由乃くんに頼んで、あんなことをした」
「ちょっと、待てよ。普通の人間には見えないってなんだよ?」
「あの怪物――僕たちは命受と呼んでいるけれど、彼らはイクスを覚醒させた者にしか見えない。何故かは分からないけどね」
「イクス? 同調? 命受? 訳が分からねえよ。何かのゲーム用語か?」
「イクスっていうのは人間の特殊能力のこと〜」
首を傾げる純にケイが口を開く。
「人は誰でも無意識の中にそれを持っているんだ〜。誰でも一つは得意なことってあるよね〜?
それがイクスで無意識下のそれと同調して表に出すと人間は凄い力を出すんだ〜」
「……要するに、それは才能ってことか?」
「まあ、そうとも言うかな。けれどそうした才能ある天才たちでも、命受は見えないんだ。
命受を見るためにはイクスを覚醒させてもう一段階深く同調する必要がある。そして命受というのは」
光が何か手元を操作する。部屋の照明が落ちて、中央に映像が浮かび上がった。
そこには様々な怪物たちがいた。純が見た蛇のようなもの、巨大なライオンのようなもの、鳥、虫、更には人間に近いものまでがいる。
「これが命受。どこからか日本にやってくる異形の者たちだ」
「俺に何の関係があるんだよ、こんな特撮と」
「君は良く知っているはずだよ? 十二年前から起こっている連続殺人事件の犯人は彼らなのだから」
がたん! と大きな音を立てて、純は立ち上がった。光を睨みつける。
「彼らが何故地球にやってくるのか、狙いは何なのか、今のところ全く分かっていない。ただこれだけは言える。
彼らは人間を殺している。僕等の生活を脅かしている。だから鳳凰グループは十年前にこの学校を作ったんだ」
「え?」
「君が受けた適性テストには受けた人間のイクスが現在どのような状況にあるのかが調べられる一種の心理的なものが仕組まれている。
そしてイクスが覚醒する可能性がある生徒を見つけ出す。普通に受験してきた子たちにも入学後に実施しているよ。
まあ、イクスとあまり同調していないからと言って、追い出したりはしないけどね」
「そして作られたのが私立鳳凰学園高等部生徒会直属特殊部隊、通称持つ者たち。僕たちのことだよ〜」
「イクスとの同調が進むと人間は在り得ないと言われてきた力を発揮する。純くん、先ほどの君のようにね」
「あんなの……知らねえよ」
「でも純くんもあれで僕らの仲間だよ〜」
「……勝手に仲間にするなよ」
純は光に背を向けた。そして歩き出す。
「何処へ行くんだい?」
「寮に帰るんだよ。こんなぶっ飛んだこと俺には関係ない」
「相手が母親の仇でもかい?」
「――あんたが何処まで知ってるか知らない。けどさっきみた映像の中に母さんを殺したやつの姿はなかった。だから俺には……」
「これを見てもそうだと言えるかい?」
その言葉に純は振り返る。
光の指は銀色の毛をつまみ、純に示していた。はっとなり純はそれを凝視する。
「そ……れは……」
「母親が殺されたときに見たものと同じ……そうだね?」
光は立ち上がり純の傍まで行く。そして目の前にそれを突き出した。
「もう一度言うよ、純くん。覚醒した君の敵には母親の仇も含まれている。そしてその敵は今、この学園の一番深刻な問題に関わっている」
「深刻な問題?」
「この前話してたじゃないか純くん〜。生徒が次々といなくなってる事件だよ〜」
「……消えた生徒の部屋には必ずこの体毛が落ちている。必ずだ。ハヴスに入れば、君は母親の仇を追える」
「――世界のため、とか言わないのかよ生徒会長さん」
「世界のために君は動かないだろう?」
「……まあな」
純は光を真っ直ぐ見た。そして一端目を閉じる。
深呼吸してから開いた。
「分かったよ、その何とかに入ってやる。ただし母さんの仇を討つまでだ。それ以降は俺の知ったこっちゃねえよ」
「ありがとう、純くん。……良かったね、ケイくん。やっと君にもパートナーが出来たよ」
ケイは笑顔を浮かべ立ち上がり、純に握手を求めてきた。
「純くん、これからもよろしく〜」
「二人一組が行動の基本だからね。仲良くするんだよ」
「……よろしく」
差し出された手を純は握り返した。
「それじゃ他のメンバーに紹介しようか……いいよ、出ておいで」
光がそう言うと、今まで何処に隠れていたのか一瞬でその場に人数が増えた。
「まあ! このサルがわたくしたちの仲間に入りますのっ?」
まっさきに声を上げたのは金髪の少女――アリスだった。
「アリス先輩に賛成。僕もやだ。この馬鹿顔」
そう言ってアリスに寄りかかるのはショートカットの少女だ。純に向かってべーっと舌を突き出す。
「ハヴス入りおめでとうって一応言わせてもらうぜ。俺は新川琴音。よろしく」
にこやかに手を差し出してきたのは髪の毛を二つに結わえている少女だ。純は曖昧に頷きながらその手を握り返す。
「戦力が増えたのは喜ばしいことだ。貴公の入隊を琴音殿と共に心から歓迎する。私は神谷裕と言う」
頭を下げられ、純はつられて頭を下げた。
「僕で、最後ですか」
ブレザーを着た少年が純の前に歩み出た。その顔はにこにこと微笑んでいる。
「一年生の巽良です。パートナーはさっき貴方にあっかんべーをした角田夢。……まあ僕もあなたの実力が分からないので今諸手をあげて歓迎は出来ませんが」
ふ、と一瞬崩れた笑顔に純は恐怖を覚えた。喉が無意識に動く。
「これにさっきの由乃くんを加えて全部で隊員は八名。実働的な体長は裕くんに任せてあるから、分からないことがあれば彼に訊くといい。僕は本部待機だからね」
光がそう結んだ。そして壁の一番奥に目を移す。
そこのモニターには大きな鳥の紋章が映っていた。それはこの学校の校章。
「それじゃ皆、これからよろしく頼むよ」
◇ ◇ ◇
翌日。
純は一人で学校に来ていた。天利からは体調不良で今日は休むとメールが携帯に入っていた。
午前中の授業を聞いて昼休み。あくびをかみ殺しながら純は学食へ向かった。なんとなく一人で居たかったので誰も誘っていない。
きつねうどんとから揚げをトレイに取り、会計を済ませると、適当な席に座る。食べ始めてそんなにたたないうちに目の前に誰かがやってきた。
「よっ! ここいいか?」
「……どうぞ」
「冷てえなあ」
その人……琴音は笑いながら席についた。
「まだ実感湧かねえだろ。自分がどうなったか」
「……まあ……」
「次に命受が現れれば嫌でも実感するさ」
「……俺は、母さんの仇を討つまでです……すぐにさよならします」
「……どうかな? そう言ってるやつに限って長くいたりするんだぜ?」
「俺はそうはなりません! ……だいたいなんであの金髪女と一緒に……」
「ああ、アリス? お前あいつのこと嫌い?」
「大嫌いです!」
そこだけ声を大にして純は言う。
「まあ金持ちのお嬢様だからな。俺ら庶民とは感覚が違うし。でも戦いの時はすごいぜ? お前と戦ったらどっちが凄いかな」
琴音はハンバーグを口に運ぶ。味が濃かったのかすぐにお茶を飲んだ。
「あ、純と琴音先輩がいる〜入れて入れて〜」
どん、とトレイをおいてケイが純の隣に座ってきた。
「あ、ケイ……ああっ?」
トレイの上の料理の量に純は絶句する。これでもかというくらいにケイのトレイには料理が山済みだった。
「お……お前、そんなに……食べるのか?」
「もうおなかすいちゃってさ〜。あ、純くん〜この後一緒にアイス食べに行こうよ〜。さっき見てきたら今日は抹茶だってさ〜楽しみ〜」
スプーンを手にとってケイは山盛りのチャーハンから攻め始めた。物凄いスピードで量が減っていく。
次に手を出したのはこれまた山盛りのサラダだった。かっこむように食べていく。
「は……早いなー」
「そお? 普通だよ〜」
「いや、早い!」
見てるだけで食欲をなくした純はお箸をおいた。まだうどんは半分、から揚げも二三個残っている。
「そういえばさ、一緒に居たっていう女の子。大丈夫だった?」
「……天利のことですか?」
「天利ちゃんっていうのか。で、大丈夫だった?」
「今日は気分が悪いから休むーってメール貰いましたけど……」
「ま、多分大丈夫だな。由乃が失敗するわけねえし」
「天利に何をしたんですか?」
「記憶を、ちょっとね。昨日見たものをなかったものにした」
「どうしてっ?」
「どうして? 分かるでしょうよ、一般生徒が覚えてたら俺たちの仕事に支障がでるの」
「……まあ」
純は視線を下げた。天利に隠し事が出来たようで何だか心苦しい。ずっと一緒に秘密なんてひとかけらもなくお互い生きてきたはずだから。
そう物思いにふけりはじめた……そのとき。
「あら、西原くーん此処にいたのぉ」
「げっ!」
体をくねらせながら清田が近づいてきた。トレイの上にはたくさんの甘いものが載っている。
「ああん、あたしを置いていくなんて酷いじゃなぁい? 将来の妻にぃ」
「……そうなんだ、西原。お前の好みってこういうのなのか……」
「断じて違いますっ!」
「酷いわぁ! あたしのおなかには貴方の子がもういるのに」
「うわあ、西原最低。責任とれ責任」
「あんたまで何を!」
「ね〜清田くん〜。そのチョコレートケーキ頂戴〜」
どたばたしている隙にケイが清田のトレイからチョコレートケーキを取る。それは瞬く間にケイの口に吸い込まれていった。
「まあ、何するのぉ城正幸くんっ?」
「だって美味しそうだったし〜」
「ああん、あなた! あたしのチョコレートケーキ取返してきてえええ」
「誰があなただっ!」
「……うるさいなー。もうちょっと静かに食事できないの?」
「仕方ありませんわよ、夢。サルなんですもの」
「そうか。サルで馬鹿だから仕方ないか」
耳に入ってきたあからさまな悪口に純は振り返った。
アリスと夢がそこでお昼を食べていた。純と視線が合い、夢がまたべーっと舌を出す。流石に純も気分がいいものではない。
「……あー、そうかー。鏡見たことないやつは自分の方がサルだってこともわかんねえか。
いやもしかしたらそいつは金魚かもしれねえなー。だってずっとついてくるやつがいるんだもんなー」
「そ、それ僕のことっ? 僕が金魚のフンだって言いたいわけっ?」
「夢、はしたないですわよ。馬鹿なこと仰ってないで、お昼を頂きましょう。サルの言葉など無視すればいいのです」
「でもあいつむかつく!」
半分涙目で夢はアリスに訴える。
「わたくしのような素晴らしい女性になりたければ落ち着きなさい、夢」
「お前の何処が素晴らしいんだ、ばーか。成金女め。どうせこの学校もコネで入ったんだろ?」
「ま……っ! ……その言葉そっくり返しますわ。
市内で一番の馬鹿学校から転入してこられたあなたこそ、コネで入ったんじゃありませんこと? ああ、もしかしたら裏口入学かも……」
「それこそお前だろ!」
「あ、アリス先輩に何言うのさ、このサル!」
「ああん? じゃあてめえは犬だ犬! ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃん喚きやがってしつけがなってねえ」
「何さこいつ! 僕を怒らせたね!」
夢がずい、と純に迫る。
「やってしまいなさいな、夢。わたくしは咎めませんわ」
アリスは笑みを浮かべながら紅茶を飲んでいる。夢が目をぎらつかせ、身構えた――その時。
「――何をやってるんですか、夢。それにアリス先輩。また怒られますよ」
トレイの上に空っぽの食器類を載せた良が夢の背後に現れた。
「良は黙ってて! こいつむかつくの!」
「そうですわ! 行きなさい、夢!」
「――そうやって人をけしかけるのもいい加減にしなさい、アリス」
う、とアリスが言葉を詰まらせる。良の隣にはお弁当箱を持った由乃が立っていた。
「でも由乃!」
「あのことをばらしますが……よろしいですか?」
ちらり、と由乃の流し目にアリスは息を呑む。そしてはあ、と息をついた。
「夢……お止めなさい」
仕方なくアリスは言った。
「……はあい」
しぼんだ声で夢は答えたが、すぐに表情をきつくして純にまた舌を出す。
「全く……僕は先輩のお守りはごめんですよ」
「誰も頼んでませんわ」
アリスはトレイを持って席を立った。その後ろを夢がついていく。
「……夢が迷惑をおかけしました」
良が純にぺこりと頭を下げる。そしてそのまま遠くの席に行ってしまった。
「アリスがまた嫌なことを……よく聞かせておきますから」
由乃もまた何処かへ行った。
「……なあ、ケイ?」
「なぁに?」
それまで一言も発さずにもくもくと超特大カツ丼を食べていたケイが顔を上げた。
「なんであの金髪女、黒崎には逆らわないんだ?」
「さあ〜? なんでもアリスの秘密を由乃が握ってるらしいよ〜?」
「それが『あのこと』か……気になるなぁ……」
「西原くん! あんな子たちよりあたしに興味を示してええええっ!」
清田が純に向かって両手を広げる。
「絶対に嫌だ!」
全身で純は拒絶した。