HAVES! 第六話「初陣」
それから何日かは平和に過ぎ、とある夜中。
純は何かの振動音で目を覚ました。
「な……んだ……ぁ?」
携帯の電源は切ったはずなのに……と純は寝ぼけ眼で周りを見る。机の上で何かが発効していた。パソコンキーボードのあるボタンが光っていたのだ。
何も考えずに純はボタンを押す。モニターの電源が入った。
『今晩は、西原先輩。……その顔、やっぱり寝てましたか?』
そこに映ったのは良の顔だった。眠そうな純に呆れている。
「あ……なんでお前がいるんだ……? 起こしてくれって頼んだ覚えはないぞぉ……」
『寝ぼけてますね。僕は頼まれたってそんなことやりませんよ。仕事だからこうして先輩のところに回線をつないでいるだけです』
とりあえず着替えてくださいよと良に言われるまま、はっきりしない頭で純はのろのろといつもの詰襟を手に取った。
『そのままで聞いてください。学園街に命受が確認されました。数は四。今週の当番は僕と夢ですか、僕等だけじゃ対処しきれません。
よって先ほど会長より命令が下されました。持つ者全員出撃です』
「ふーん……」
『まだ起きてないんですか? ……まあいいです。直に城正幸先輩が迎えにくると思うんで、よろしくお願いします。それじゃ僕も出ますので』
ぷつん、と回線が途切れモニターが真っ暗になった。
ぽりぽりと純は頭を掻く。まだ眠い。
こんこん。
不意に窓を叩く音がした。何の気もなしに純はそこを開ける。
「やっほ〜純く〜ん」
外には巨大でぎざぎざの葉に乗ったケイがいた。その光景に純はいっぺんに目が覚める。
「ケイっ? お前なんでっ? ……ここ十階だぜ?」
「へへ〜ん。このくらい僕にかかればお手の物さ〜。さ、乗って乗って! 良くんから事情は聞いてるでしょ〜?」
せかされ純はその葉の上に乗る。下を見れば茎がずっと地上まで伸びている。
「ケイ、これが?」
「そうこれが僕のイクス。植物を操るんだ〜。これは下に生えてたたんぽぽに協力してもらいましたっ!」
「じゃあこの前のは……」
「怖そうな顔しないでよ純くん〜。乱暴なことしたのは謝るよ〜! ……ってこんな話をしている場合じゃないね。早く行こうっ! 掴まってて!」
ケイは両手を葉に押し付けた。途端にそれは物凄いスピードで動き出す。
「うわああああっ?」
風圧に純は目を開けてられない。
「目標学園街南、ポイントAの三。全速力でお願い〜!」
それが引き金となって葉は更にスピードを増した。風が耳元でびゅんびゅんと唸る。
「速い、速過ぎだろ、ケイ!」
「そのうち慣れるよ〜」
あはは、とケイは笑う。
『確かに新人・西原にはきついんじゃないかその速さは』
不意に琴音の声がした気がして、純は慌てて振り向いた。無論、そこには通り過ぎていくたくさんの明かりや建物があるだけだ。
「ん〜でも慣れてもらわないと〜僕のパートナーは務まらないし〜」
『頑張れ、西原』
「な、な、な……この声、どこからっ?」
『風に乗せて届けてるのさ、西原。俺の能力の一つだぜ』
ふふふ、と笑う声まで何処からか聞こえる。
『あ、ふざけてる場合じゃないんだ……会長からの命令だ。島全域に結界を張れ、だと』
「数が多いからかな〜。分かったよ〜琴音先輩〜ありがと〜」
『どういたしまして。そっちも気をつけろよ』
そこで風の雰囲気が変わった。不思議な体験に純は首を振り、瞬きをし、現実を認識する。
「こんなことでいちいち驚いてたら体もたないよ〜」
「驚かないでいられるかっ!」
「あはははは。まあ冗談はさておいて」
「冗談ですむかっ……っておい!」
ケイが何故か手を握ってきたので、純はそれを振り払おうとした。
「俺は男と手をつなぐ趣味はないぞ!」
「ま、待ってよ純くん〜さっき琴音先輩が伝えてくれたじゃないか〜島全域に結界を張れって」
「それとこれとどう関係があるんだよ?」
「結界は二人のハヴが互いの力を同時に放出することで形成されるんだ〜。普段は自分たちを中心に半径十キロメートルの結界を張るんだけど……。
今日は数も多いし一般生徒にばれないようにやるの無理そうだから〜全員が一斉に結界を張って
その中心点をかいちょ〜が取り結んで島全体を覆うんだ〜。……さ、目を閉じて。念じて、純くん」
「分からねえよ、どうやってやったらいいか」
「深呼吸をして……綺麗な円を頭の中に描くんだ。それが大きくなっていくのを想像すればいいんだよ〜。……じゃ、いくよ?」
ケイが目を閉じるのを見て、純も目を閉じた。言われたとおりに深呼吸をし、頭の中に円を描く。それが広がっていくのをイメージした。
す、と体から何かが抜ける。
うおぉぉぉぉぉぉん……
一瞬だけ純は耳鳴りがした。
「出来たよ純くんすごいじゃん、一発だよ〜」
「そ、そうか……?」
なんだか恥ずかしくて純は語尾を濁す。
「それじゃこのまま命受がいるところまでれっつごー!」
「う、わちょっと待てって……!」
純の静止も聞かず二人を乗せた葉はその速さを増す。
そんな二人を見下ろす夜空では紅い月が輝いていた――。
学園街東。
アリスと由乃はそこにいた。戦闘用の白い手袋をアリスは嵌める。
鋭い咆哮がアリスと由乃の耳に届いた。
「敵さんのお出ましですわ!」
アリスが指差す方向にそれはいた。
例えるなら蟷螂。しかしそれは五階建てのビルをまたぎこせるほど巨大。両手の鎌を挙げ、アリスたちを無機質な目で見つめていた。
「行きますわよ由乃! わたくしがうごきやすいように頼みますわ!」
「無茶はしないでくださいよ、アリス」
「分かってますわ!」
身構えたアリスの隣で由乃は空中で何かをなぞるように手を動かした。
「――我が眷属」
その言葉とほぼ同時に由乃の後ろに鉄の塊が隆起した。ふわり、と浮き上がりその上に由乃は乗る。そして右手を翳した。
すると彼女たちがいるビルのすぐ隣の建物の形が変形する。それは蛇のような細長い形をとった。
「行きなさい」
由乃が手を蟷螂の方に向ける。
途端にコンクリートで出来た蛇は一直線にそれに向かう。蟷螂は警戒し、身構えた。
そこで由乃の手が振り下ろされる。
瞬時に蛇の体がばらばらになった。それらは一つ一つ尖り、まるで槍のような形になる。雨のようにそれは蟷螂に襲いかかった。
鎌でそれを打ち落とそうとするも、数が多い。蟷螂は確実に傷を負った。体液がにじみ出る。
「今度はわたくしですわ!」
しゃらん、とアリスの手首の鈴が鳴る。
「来なさい、コット、コシュカ! わたくしに力を!」
アリスがそう叫ぶと彼女の背後の空間が割れた。
そこから現れたのは巨大な二匹の虎。一方は白く、もう一方は黒い。
アリスは二頭の頭を軽く撫でた。
「コット、コシュカ、小手調べなんていりませんわ! 一気に片付けておしまいなさい!」
アリスの言葉に二頭が反応する。黒い虎が立派な四肢で地面を蹴ると蟷螂に向かって突進して行った。前足からはするどい爪が出ている。蟷螂は首を傾げ、黒い虎を見据えた。
「コシュカ、決めなさい!」
アリスの声に後押しされ、コシュカは爪を蟷螂に向かって振り下ろす。しかしそれは、いとも簡単に蟷螂にはじかれてしまった。
ビルの屋上に叩きつけられそうになる直前にコシュカは体勢を立て直し、ダメージを受けることなく着地する。
その隙に今度は白い虎――コットが飛び出た。鋭い牙で蟷螂に噛み付こうとする。
しかしその攻撃は通らなかった。蟷螂の鎌がコットを襲う。ざくっと嫌な音がして、コットの白い胸が赤く染まった。
「うっ!」
それとほぼ同時にアリスが声を上げる。見れば彼女の胸からも鮮血が滴り落ちていた。
「や……やりますわね……」
「アリス、焦りすぎです。もう少し余裕を持ちなさい」
「分かってますわ!」
「分かっていません。あなたはいつもそうです」
「うるさいですわ由乃! わたくしにはわたくしなりの戦い方があるのですわ!」
「私は貴女の身を案じて言っているのですが」
「大丈夫ですわ!」
「では……私はもう貴女のことを心配する必要がなくなったのですし……あのことを学園全域にお伝えしても……」
頬に手を当て、由乃が思案する。すぐにアリスは反応した。
「あ、あ、あ、あのことだけはいけませんわ、由乃!」
「いえでも、もう義理もなくなりましたし……」
「わ、分かりましたわ! もう少し余裕を持てば良いのでしょう?」
「そう、それで良いんです」
ふ、と由乃は微笑む。
「あああああ……あのことは……わたくし一生の不覚ですわ……」
ずーん、とアリスは肩を落とす。
「アリス、落ち込んでいる暇はありません。今は目の前の敵を倒すことに集中しないと」
「わ……分かりましたわ……」
目を閉じアリスは深呼吸をした。そして目を開く。その顔は引き締まっていた。
「私があいつの動きを封じます。アリスはその隙に」
「了解ですわ!」
アリスの力強い頷きを見て、由乃は叫んだ。
「我が眷属!」
途端に由乃の足元のある鉄の塊が動き出す。細長く伸びていくそれに乗る由乃はまるで龍の頭の上に乗っているかのようだった。
す、と由乃は右手を伸ばす。その方向には電線があった。くい、と彼女が指を動かすとそれがぶちぶちと途中で切れる。由乃が手を上げるとそれも上を向いた。
素早く由乃はその手を蟷螂の方向へ向ける。
電線が延びていく。それは確実に蟷螂を捕らえた。鎌に撒きつき、胴体に撒きつき、動きが取れないようにしていく。
蟷螂は低く唸り声のようなものを上げながらもがいた。そのたびに先ほどの攻撃で出来た傷から体液がにじみ出る。
「ナイスですわ、由乃!」
しゃらん、とアリスは鈴を鳴らした。コットとコシュカが立ち上がる。
「行きなさい!」
二頭は同時に蟷螂に襲いかかった。
蟷螂が牙に貫かれ、爪で引き裂かれていく。
今度こそ、敵は絶命した。
左手の方向から真っ白な閃光を目にし、純はあまりの眩しさに瞬きした。
「あ……あの光は?」
「命受が一匹、死んだんだよ〜。あの方向だと……アリスと由乃かな。早いね〜」
感心するケイとは対照的に純の顔は嫌悪感をあらわにしていた。
「あれ〜どうしたの純くん? 鴨が葱背負ってきたの見たような顔してさ〜?」
「……お前……それ意味違うぞ? ……分かってて言ってんのか? あ?」
「な、なんか突っ込みが怖いよ〜?」
「あの金髪馬鹿女には負けてられねえ! 俺だって速攻で倒してやらあ!」
純の足の裏が青白く光る。
次の瞬間、彼の体は宙に舞っていた。ケイの植物より速く、命受がいるであろう方向に飛んでいく。
「ああっ、待ってよ純く〜ん」
その後ろを慌ててケイが追う。
三分ほど飛び続けただろうか。
純は眼下にあるものを発見した。
それは体長三メートルはあろうかという蠍だった。
「こいつでいいのか、ケイっ?」
「ああ、うん。それでいいんだよ〜……って純くん、燃え過ぎだから!」
ケイの言葉を無視して、純は拳を握る。そこに意識を集中すればこの前と同じように青白い光が生まれる。
近づいてきた純に蠍も気付いたようだ。尻尾と鋏を持ち上げ、戦いの姿勢をとる。そのどす黒い尻尾の先からは液が滴っていた。
蠍の背中部分に純は突っ込んでいく。前しか見ていなかったためか、蠍の鋏が伸びてきたことに気付かない。
「純くん!」
「え? ……ああああっ?」
ケイの声で横を向く――が、時すでに遅し。純は反応できない。
しかしその攻撃が純に当たることはなかった。傍にあった街路樹が不意に伸びてきて純をかばったのだ。
太い幹に鋏が食い込む。一瞬出来た隙に純は慌てて上空へと逃げた。直後鋏は幹を破壊し、勢い余って近くのブロック塀を破壊する。
「危ないなぁ、純くん〜。なんのための二人一組だよ〜」
「あ、ああ……わり」
「純くんは攻撃に特化してるけど、確実に当てなきゃ意味はないからさ〜。ま、僕に任せてよ〜? 伊達に君より戦いの場数は踏んでないんだからさ〜」
笑いながらケイはきょろきょろと辺りを見回す。
「ん、あれが良さそうだ〜」
そう言ってケイはそれまで乗っていたタンポポの葉から降りた。力の影響を失ったそれは物凄いスピードで元の場所へと戻っていく。
そして次に手にとったのは店の飾り物なのか小さなサボテンだった。
「お、おい。いいのかよ?」
「大丈夫だよ〜。ちゃんと戻しておくから〜」
小さなその鉢をケイは握り締めた。そして囁く。
「お願い、力を貸して? あいつをやっつけたいんだ!」
その言葉が終わった瞬間にケイの手の中でサボテンが成長し、一気にその長さは十倍以上になった。
「いっくよ〜。……サボテンマシンガン!」
サボテンの先をケイは蠍に向ける。と同時にサボテンの棘がそれに向かって発射された。
蠍が悲鳴に近い音で啼く。あまりの速さに避けることすら出来ない。
無数の棘が蠍に襲いかかる。固い甲羅に包まれているせいか、
全ては通らないが細かい棘は甲羅と甲羅の僅かな隙間の間を通って確実に攻撃を加える。目にも刺さったのか、蠍がじたばたと身じろぎした。
「はい、次!」
ぱ、とケイはサボテンを放り投げる。それはすぐに元の姿に戻った。次にケイは手を花壇の上においた。その花壇には小さく綺麗な花が植えてある。
「れっつご!」
ケイのその言葉を合図に花壇の花たちが分裂し始めた。どんどん数を増やし、その茎を伸ばしていく。
細く、しかし互いと絡まりあい太くなった茎は巨大な植物の鞭となり蠍の体を打つ。
背の部分の甲羅がはじけとんだ。
「今だよ、純くん!」
「お、おう!」
肉がむき出しになった場所に純は掌を当てた。
ばぉぉぉぉぉぉぉん!
爆裂音と共に白い閃光が辺りを包んだ。
その光が止んだあと、そこには砂の塊と化した蠍がいた。
さあ――とそれはすぐに風に流れ、散っていく。
「やったよ純くん〜!」
「あ、ああ!」
ケイと純は手を叩き合った。
と、そこへふわりと雰囲気の違う風が漂ってくる。
『やったじゃんか、西原! 新人とは思えねえな。怪我もしてねえし』
「はあ……あ……ありがとうございます」
琴音の声に純はしどろもどろになりながら一応の礼を言う。
『アリスは怪我したしなー。見習って欲しいぜ』
「よしゃあああああっ! あの馬鹿女に勝ったっ!」
「純くん〜目的違ってるよ〜?」
『こっちも無事に撃破できた。命受全滅。このまま解散しろってさ』
「分かった」
「りょーかーい〜」
ふ、と琴音の声が途切れた。
「じゃあ帰ろうか純くん〜送っていくよ〜」
うーんと伸びをしながらケイは近くの植物に手を伸ばした。