四季桜綺談

 

 

 

   1

 

 

 ここ二、三日でそれまで晴れていた空は段々と雲に覆われ、その雲からは、雪が降り始めた。冷気を伴ったそれにすっかり街は覆われ、冬の訪れを人々に告げていた。

都内某H市にある、ここT大学も例外ではなかった。山の上という閉鎖的な場所にあるせいか、気温も天気予報のそれよりも低く、雪の量も見た目的には多く降っているようだった。

その一角――サークル棟の一室から人の話し声が聞こえてくる。ちなみに時刻は午後八時。大学といえども人が少なくなる時間帯だった。

 そのサークル室の扉にはこう書かれている。

 

『民族・伝承研究会』

 

「……とゆーわけで、この伝承を実証してみたいんだけど」

 部屋の中央には机が置かれ、その周りを数人の男女が囲んでいる。さっきの発言は部屋の入り口から見て一番奥の席に座っていた女性だ。

「えーそれは嘘なんじゃないですかー四之宮センパイー」

 一番入り口に近いところに座っていた茶髪の少女が携帯をいじりながら言った。

「俺もそう思いますね……一年中咲いている桜なんて、あるわけないっすよ」

「同意見です」

 その少女の左右に座っていた二人の男性からも否定の声が上がる。

「ちょっと、何よあんたら。ロマンっていうのがないのっ?」

 バンバンと机を叩いて、彼女は立ち上がる。

「古の昔、一年中美しく咲いている桜があった――その名前を四季桜(しきさくら)という。その桜は特別な力を持っており、近隣の村々はその加護を受け、争いも疫病もなかったという。……本当にこの桜が実在したら素敵じゃないっ? ねえ、ねえっ?」

 声を荒げるも、反応は皆無に等しい。

 彼女は自分の左手に座っている少年を見据えた。

「友近(ともちか)!」

「は、はいっ? なんですか、陽子先輩っ?」

「あんたは言わないわよね……四季桜がないなんて……ねえ?」

「あ、は、はい……」

 陽子の迫力に押され、友近は頷くことしか出来ない。

「よし、決まった! 友近、あんた、あたしに付き合いなさい! 実地調査に行くわよ! ちょうど明日から大学入試の準備とかで一週間授業ないし!」

「は、はあ……」

 すっかり意気込んでいる陽子に気付かれないように友近はため息を漏らした。

「大変だねー今上(いまうえ)くんはー」

「いつもいつも四之宮につき合わされてるからな」

友近は苦笑しか返せない。

「今上先輩。四季桜より面白そうな伝承を僕見つけたんですけど……こっちを手伝ってくれませんか? 『古の悲恋物語』。四之宮センパイが見つけてきたものよりも現実味があると思いませんか?」

「ああ、そうだね。そっちの方が……」

 そこまで言いかけて友近は言葉を切った。

 背中に殺気を感じる。

「……僕、命が欲しいから遠慮しておくよ」

 友近は後輩の誘いを丁重に断った。

 

 

 

  2

 

 

 都内中央部に位置する某F市。

 冷たい風が吹く中、一週間分の着替えなど、宿泊道具を詰め込んだドラムバックを持って友近は駅に降り立った。

「遅いわよ友近!」

 駅前のロータリーにはすでに陽子が立っていた。ぱんぱんに膨れたリュックサックが足元に置いてある。

「遅いって……集合時間五分前じゃないですか」

「はあ? 集合時間五分前なんて集合時間ぴったりに来たのと同じよ! あんたねーあたしの助手なら集合一時間前に来なさいよね!」

 陽子の早口に圧倒され、友近は言葉を発することが出来ない。

「さて、とりあえず邪魔な荷物を置きに、ホテル行きましょう」

 陽子は片手を挙げてタクシーを呼んだ。

 その後姿に友近は思わず見惚れる。

(結局……ついて来ちゃうんだよなぁ)

 陽子の纏う雰囲気や否定を言わせない態度以上に友近が陽子に逆らえない理由。

 それは――。

 

 

 

 予約していた部屋に荷物を放り込み、二人は市内の図書館へと向かった。

「民間伝承、民間伝承……っと」

 陽子の目はすでに目的のことだけを見ていた。

 友近も傍にあるそれ関係の本をとりあえず捲り始める。

(人類をサルから進化させた存在に関する伝説……古代の超王国の伝承……異世界人の伝説……どれもこれも、先輩が探してる四季桜とは関係ないなぁ……それどころか、どれもこれも眉唾って感じ)

 友近は次の本を手に取った。

 

『死者の魂を屠る伝承上の存在について』

 

(なんかこれも関係なさそうな……)

 そう思いながら友近は頁を手繰る。

 

『生贄という概念は世界中にある。

 しかしそれは何も神への供物だという意味だけではない。例えば疫病を食い止めるとか、外敵を防ぐなどの意味もある。そして生贄というのは権力者がなることはなくその当時の社会的弱者がなるのが一般的である。その典型的な例は――』

 

「……関係ないな」

 友近は本を閉じた。

「――よし、明日はここね!」

 それまで傍らでずっと本とにらめっこしていた陽子が声を上げる。

「どうしたんですか先輩?」

「友近、明日は市内東にある神社に行くわよ。そこに『伝説の木』と呼ばれる木があるんですって」

「それが四季桜なんですかね? でも一年中咲いていたとしたらとっくにニュースになっていてもいいんじゃないですか?」

「甘いわねー友近。む・か・し四季桜は一年中咲いていたのよ。今はその力を失って枯れ木になっていてもおかしくないじゃない!」

「せ、先輩。声が大きいですよ……」

 周りを見渡し、友近は陽子に注意する。陽子はごまかすように笑った。

 

 

 

 

 太陽が高く昇ってもこの季節が持つ寒さがなくなることはない。

 友近はかじかむ両手を息で暖めた。石で出来た道を陽子とともに歩む。こんな天気だからか参拝客は殆んどいなかった。

 古の建築様式が残る門をくぐった。

「これね」

 境内の脇、木の柵に囲まれた大木に陽子は目をやる。

「……枯れてますね」

「あんた、あたしの話聞いてた? 枯れ木だって言ったでしょ」

 溜息を一つ漏らして、陽子は大木に近づく。

「特におかしいところはない、普通の木ね。やっぱり力を失っているのね」

「そもそも……これ桜なんですかね?」

「桜じゃよ」

 突如加わった声に陽子と友近は同時に振り向く。

 そこには一人の老人が立っていた。

「――あなたは?」

「この近所に住んでいるただの住人だが。あんたたち、伝承を聞いて来たのかね?」

「そうよ」

「やめておけ」

 老人の鋭い声に一瞬陽子は息を呑んだ。

 しかしすぐに言葉をつなぐ。

「なんでよ? そんな態度を取るってことはこの木が一年中花を咲かせるという四季桜なんでしょう? 今は力を失っているだけで、伝承の通りなら……」

「確かにそれは古来、『しきさくら』と呼ばれておった。お嬢さん、『しきさくら』にどんな漢字を当てるのか知っていて此処にきたのか?」

「え? ……『四つの季節の桜』……じゃないの?」

 陽子の言葉に老人は首を振る。

「それは後世の者が捻じ曲げて当てた漢字。当時の古文書にはこうある……『死の季節の桜』……死季桜、とな」

「死の……桜」

 思わず友近はその言葉をなぞっていた。

 老人は大木を見上げ続ける。

「古の昔、この木はお嬢さんが言うとおり一年中、その美しい花を咲かせていたそうじゃ。その桜の不思議な力で、この辺り一体の村々は疫病や飢餓といったものから守られていた」

 ざあ、と風が三人の間を駆け抜ける。

 何処からか木の葉が舞い落ちてきた。

「それじゃあ、あたしが調べたとおり四季桜じゃないの。死ぬなんて物騒な漢字の影、どこにもないじゃない」

「愚かじゃの、お嬢さん。そうした不思議な力の源が何なのか、考えないのかの?」

 老人はちらりと陽子を見た。

 友近の頭の中にとある単語が蘇る。

「まさか……生贄を」

「そのとおりじゃよ、そこの青年。村々は毎年生贄をこの桜に捧げることによってその力を維持していた」

「それで……死季桜……なの」

「この桜のせいで、死ななくてもいい人間がたくさん死んだ。例えば、将来を誓い合った二人の男女の片割れとかな。じゃから、あんたたちもこの桜に近づかんほうがいい。……桜に食われるぞ」

 老人は踵を返し、どこかに去ろうとする。

「――そんなことを知ってるなんて、あなたはいったい?」

 不意に友近が問う。老人は振り返りもせず言った。

「言ったじゃろ? ただこの近所の住む住人じゃよ」

 そのまま老人は去っていく。

 陽子はその方向を見もせずに大木を見上げていた。

「先輩?」

「――……これが四季、桜……死を呼ぶ、桜……」

「あ、あの陽子先輩?」

 老人から告げられた言葉にショックを受けたのだろうか?

「せ、先輩……あの」

「やったわ!」

「え?」

「見つけたわ四季桜! サークルのやつら悔しがるわ! なんてたって歴史的大発見に立ち会えなかったんですからね!」

「あのー先輩。さっきの御老人の話は……」

「はあ? あんなの年寄りの妄想でしょ。あたしが当った文献にはあーんな話、一個もなかったわよ。……さてと」

 陽子は大木に背を向けた。そして歩き出す。

「先輩?」

「帰るわよ、友近」

「何でですか?」

「これが四季桜だと分かった以上、あとやることは一つ。四季桜が実際に咲くところを見て写真に収めるのよ!」

「ど、どうやって……」

「それについてはちゃんと調べてあるの。今夜は満月だし。さ、真夜中に起きなきゃいけないんだもの。ホテルに帰って速攻寝るわよ!」 

 意気揚々と足取りを軽くする陽子に、友近は何故か胸騒ぎを覚えた。

 

 

 

   3

 

 

 気温がぐっと下がり、雲が流れ、今夜の月が姿を現した。

 あれからホテルに戻り、夜まで眠り、最終バスに乗ってこの場所まで来た。

「さて、と」

 懐中電灯を手に陽子は進む。思った以上の寒さに防寒着のボタンをしめ直していた友近はおいていかれそうな気配に慌てた。

「先輩、待ってくださいよ」

「とろいわねえ、あんたは。そんなんだから彼女できないのよ」

 笑う陽子に友近は一瞬足を止めた。

「僕が……僕が、好きなのは」

「まあ、いざとなったらあたしがもらってあげるわよ」

「え……?」

 訝しがる友近を尻目に、陽子は大木の前に立った。

 そしてポケットから何かを取り出す。

「! 先輩それは」

「それはって……見て分からないの? ナイフよ」

「分かりますよ! それで何するんですか!」

「こうするの」

 陽子は手にしたナイフで自分の手首を軽く切った。その行為に友近は息を呑む。

 その手首を陽子は大木の根元に近づける。

 血が、滴り落ちた。

「先輩っ……」

「いいから黙ってる!」

 陽子の強い口調に友近は何も言い返せない。

 大木の根がどんどん紅いもので濡れていく。

 十何滴目かの雫が落ちた。

 

 その瞬間。

 

 大木が光り輝いた。

 

「こ、これは……っ?」

「やっぱりあたしの睨んだとおりね。『満月の夜。桜に血を与えよ。さすれば桜は蘇らん』てね!」

 光り始めた木の枝の先に蕾が現れ、ゆっくりと咲いた。

「桜……」

 冷たい空気の中、咲くそれには凛とした美しさがあった。

 友近は桜を改めて見上げる。

 満開の桜色。

「四季、桜……」

 

『俺はお前が好きなんだ!』

 

(なんだ、今の声……)

 突然聞こえてきたそれに友近はびっくりして首を振る。

(……これは夢?)

 

『どうしてあんな男を……あんなとろくて、弱い男をっ?』

『……あなたにはないものをもっているからよ』

『俺と結婚したほうが贅沢できるぞ? 貧乏するのは嫌だろ?』

『あの人がいる生活はどんな贅沢にも匹敵するわ』

 

 桜が舞う。

 散っては咲き、咲いては散る。

 二人は今、桜の嵐の中にいた。

 そしてその目の前には。

 とても綺麗とはいえない服を着た男女が二人。

(昔……この桜が実際に咲いていた頃の……)

 

『どうしても俺よりあいつを取ると?』

『ええ』

『そうか……ならもう何も言わない』

 

 ふっと、女の方が消えていく。

 

『俺を振ったこと、後悔させてやる』

 

『次の桜への生贄はあの男だ!』

 

『あ……あ、あああ……』

『かわいそうになあ。お前との結婚を目前にして桜に食われてしまうなんて』

「あなたが……あなたが、長老たちに……」

『さあ? なんのことやら? さあ、俺と一緒に暮らそう』

「人でなし! あなたなんかと……あなたなんかと……!」

 

「たくさんの贅沢をさせてやる。働かなくてもいいようにしてやろう。だから俺と結婚しろ!」

 

 はっとして友近は口に手を当てた。

(今、僕はなんて言った?)

 恐る恐る陽子に目を向ける。

 その顔は憎しみに満ちていた。

 いつもの陽子の顔ではなかった。

「あなたが……あの人を、殺した」

 陽子の手にはナイフが握られている。

「それでどうする気だ? 俺を殺す気か?」

(口が……口がっ……!)

 自分の意思に反するそれを友近は止められない。

「……いいえ? あなたを殺しても意味はない」

 陽子の唇が歪む。

「私は今でもあの人と一緒になることを望んでいるわ」

 陽子は刃を自分の方へ向けた。

 

「やめろおおおおおおおおっ!」

 

 その意図を察し、友近は手を伸ばした。

 

 しかし、遅い。

 

 ――冷たい刃は彼女の胸を確実に貫いていた。

 

「あ、あ、あああああっ……」

 どくどくと流れ出る血液。

 友近はその場に座り込んでしまった。

 すぐに陽子の血液が膝を濡らしていく。

「どうして……なんで……これは……」

「だから言ったじゃろ。やめておけ、と」

 老人の声が響く。何時の間にか友近の背後に立っていた。

「しかしまあ、見事に桜を蘇らせたのう。そして今度は無事に娘は自害した。これでご先祖様も喜ばれる」

「……今、なんて?」

 ゆっくりと老人を振り返った。

 老人は笑っていた。

 

「遠い昔、人の命を食らう桜のために命を散らせた若者が居た。

彼には将来を約束した女がいた」

 

ぽつりぽつりと老人は全てを語り出す。

 

「しかしその女に惚れた男がいた。村の実力者の息子だった。その男は娘を自分のものにするために、娘の恋人を桜に食わせたのだ」

「それが……僕だって……言いたいんですか?」

 友近の言葉を無視して、老人は話を続ける。

 

「恋人を失った娘は半狂乱になった。しかしその男の娘への思慕は消えなかった。屋敷に閉じ込め、強引に妻にしたという。今思えば、その男は娘の性格ではなく、容姿に惹かれていたのかもしれん。とにかく、娘は男の屋敷で暮らし、そして死んだ。男が狡猾だったのは、その後だ。娘の魂がかつての恋人と再会できぬように、さっさと転生させてしまった。

 そして、時はめぐり、今夜という時が来た」

 

 ゆっくりと友近はたちあがった。

 そして老人を見据える。

 何も映さない瞳を見て、老人は笑みを強くした。

「その男はもう一つ、嫌な所業をした。娘の恋人の魂を転生できぬように縛った」

「……だからあなたのご先祖様はまだあの世に居るわけですか」

「その通りじゃよ。今度は娘には何にもしがらみはない。無事、あの世についているじゃろうて」

 くくく、と老人は笑い友近の脇をすり抜けて桜を見上げる。

「そしてその男は転生した娘とまた出会えるよう、自分にも呪をかけた」

「……どうして、こんなことに」

 二人の間を桜が散る。

「どうして? 思いつかないのかの? 呪われた相手がそのままでいると? ご先祖さまからの呪い返しじゃよ」

 老人は足元の陽子を見る。

「我がご先祖さまをよろしく頼みましたぞ」

 一礼し、老人は去っていった。

 

 一人残された友近は陽子を見つめる。

 その体の上には無数の花びらが積もり始めていた。

 血に染まったナイフを彼女の胸から引き抜く。

 

「『……今度こそ、お前と一緒になれると思った。だから転生したのに……。……今度こそ……今度こそ、お前と……普通の生活を……』」

 

 友近は自分の喉を切り裂いた。

 鮮血があたりを赤く染めていく。

 薄れていく意識の中で、友近は手を伸ばしていた――。

 

 

 

 

 

『それでは次のニュースです。

 今朝早く、F市O神社の境内で若い男女の遺体が発見されました。

 所持品があらされていなかったこと、さらに男性の方が凶器と思われるナイフを握っていたこと、二人が手を繋いでいたことから、警察は物盗りの線と殺人の線は薄いと考え、心中との見方を強め、身元の確認を急いでいます。

 

 

 以上朝のニュースでした』




一年中咲く桜、本当にあったら見てみたい……
これみたいに呪いがあったら嫌ですが(汗)。


トップページへ 図書室トップへ